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どれぐらいの間、こうやって一人でいたんだろう。 物音一つしない部屋では時間の感覚はどんどん奪われて、全く見当がつかない。 私はこのままずっと、ここに閉じこもっていた方がいいのかもしれない。それがベリーズとキュートのためだと思った。 “千聖の気持ちはどうでもいいの?” さっきの愛理の言葉がずっと胸に突き刺さっている。 元に戻ることこそが、千聖にも私たちにとっても一番いいことだと信じていた。 みんなで力を合わせれば、必ず元の千聖になってくれると思っていた。 千聖の今の状態が永遠に続くなんて考えたくなかった。 必死だった。 舞美ちゃんと一緒に千聖に関するマニュアルを作ったり、マンツーマンで元の千聖の振る舞いを教えたり、どうにかして私の千聖を取り戻したかった。 そこに今の千聖への思いやりは存在していなかった。 どんなひどい仕打ちも微笑んで許してくれていたのに、私は。 前の千聖と同一人物だって認められなくても、例えば新しいメンバーを迎えるような気持ちで、もっと優しく接してあげることぐらいはできたはずだ。 そうすれば、ゆっくりでも私はあの千聖と自分なりにしっかり向き合えたかもしれない。 「何でこんなことになっちゃったんだろう。」 今頃みんなは千聖を囲んで、これからのことなんかを話し合ってるかもしれない。 キャプテンはもちろん、面白い好きもののちぃや意外と面倒見のいいみやも、すぐに新しい千聖になじんでいくだろう。熊井ちゃんも、茉麻も、梨沙子も、ももちゃんも、千聖にとって一番いいことをキュートのみんなと一緒に考えてくれるはずだ。 自分の気持ちを優先していたのは、私だけ。 そんな私に、千聖のことを偉そうに主張する権利はない。 「千聖・・・・」 手を見つめれば、さっきの千聖の体温がよみがえる。 もう一度千聖に触れたい。 前の千聖に戻らなくても、千聖が千聖であることを確認させてほしい。 忘れることなんてできないけれど、私に前へ進む勇気を与えて欲しい。 その時、うつむいていた私の視界が急に翳った。 顔を上げる。 「嘘・・・・・・・」 どうして。 どうして、私の居場所がわかってしまうんだろう。 どうして、私が今一番望んでいることがわかってしまうんだろう。 あんなにたくさん傷つけたのに、どうして。 「舞さん。」 いつもと変わらない、穏やかな顔をした千聖が立っていた。 半月型の優しい瞳が、私を見つめる。 先の丸っこい可愛い指が、私の前髪をいたわるように撫でる。 「何でここがわかったの?」 「・・・自分でもわからないわ。でも、わかったのよ。舞さんの居場所が。不思議ね。」 千聖は上品な仕草で、私の横にそっと腰をおろした。 「もうみんなに話したの?」 「いいえ。私からは何も。皆さんとお話するよりも、私は舞さんを探したかったから。ベリーズのみなさんには、舞美さんたちがご説明をしてくださるみたい。」 「千聖・・・・・」 一人になりたい。でも誰かそばにいてほしい。 そんな私の矛盾した気持ちに、千聖だけは気づいてくれたんだ。 私はまた、無意識に千聖の手首を掴んでいた。 「ここにいて。」 「ええ。」 「舞のそばにいて。」 「ええ。」 千聖は手首を握る私の手の上にそっと手を重ねた。私はまだ空いている方の手で、ゆっくりと千聖の顔に触れた。 「くすぐったいわ。」 長いまつげ、あったかいほっぺた、丸い鼻、形のいい唇。 私の指先が私の心に、この人は岡井千聖なんだと伝えてくる。 “舞ちゃん。” “舞さん。” 前の千聖と、今の千聖の笑顔が、頭の中でゆっくりと重なっていく。 私は千聖の手を取った。 そのまま、2人の手を千聖の胸に押し当てた。 「ごめんね。千聖、ごめんね。前の千聖の心も、ちゃんとここに入っているのに。私はわかっていたのに、認めたくなかった。・・・・いなくならないで、千聖。」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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それから千聖は、私を連れて順番にみんなのところをまわった。 「千聖ぉ~」 「さっきは、心配してくださったのにごめんなさいね、早貴さん。茉麻さんと友理奈さんも。」 駆け寄って来たダチョウ倶楽部…じゃなくてネプチューン…じゃなくてくまぁず+なっきぃに、深々とお辞儀をする千聖。 「いいよそんなの。お帰り、二人とも。キュフフ」 なっきぃはいつもどおり、明るい声で笑ってくれた。 「また友理奈さんって言ってるー。ウチも千聖さんて呼ぼうかな。」 「まあ、嬉しいわ。」 不思議ちゃん同士の、新しい友情が芽生えたみたいだった。 妙にポワポワした会話に、なっきぃたちと目を合わせて笑ってしまった。 「…千聖。」 茉麻が千聖の肩を抱く。 「キャラ変わって大変なこともあると思うけど、まぁはいつでも千聖のこと抱き締めてあげるから。一人で抱え込んだらダメだよ。」 「茉麻さん…」 千聖を慈しむように見つめるその顔は本当のお母さんみたいに優しくてたくましかった。 「わたしはベリキューみんなの茉麻ママなんだからね。聞いてる?舞ちゃんにも言ってるんだよ!」 「「は、はい!」」 思わず千聖と声を合わせて返事をすると、茉麻は満足そうに笑った。 「あっ、そうだ千聖…さん、何かね、お嬢様の手助けができるような説明書とかないかな?」 「説明書?」 「ウチなんかそういうのあると安心するからさあ、何でもいいの。千聖の手引書とか、千聖マニュアルとか…あれ、ウチなんか変なこと言ったかな?おーい…」 熊井ちゃんは、超能力でもあるのか。 岡井千聖マニュアルを持ってコピー機へ走るくまぁずを見送って、次はソファでくつろいでる三人のところへ向かった。 「あー!やっと来た!おー嬢様ー!」 「きゃん!」 よっぽど待ちくたびれていたのか、千奈美は千聖の腕を掴むと、自分の横に据え置いた。 「千聖ぉーみずくさいなあ。ちぃに相談すれば一発で全部解決したのに。これからはもっと頼ってよね。ベリーズで千聖が頼れる相手は桃だけじゃないもんにー!」 「ちょっとそうやってまた変なこと吹き込んでさー!いい、千聖?徳さんはアテにならないんだから。やっぱり千聖のお姉ちゃんはわ・た・し!」 「ウザッ・・・今日からはウチがお姉ちゃんだよ千聖!」 「ももだよ!」 「ウチだってば!」 「あ・・・あのぉ~お二人ともぉ~・・・」 桃ちゃんと千奈美は千聖を両側からひっぱり合う。 こないだ国語の授業で習った、大岡裁きというやつを思い出した。 でもこの二人じゃ、千聖が二つに分裂するまでひっぱり合いそう・・・ そんなことを考えていると、 「舞。」 舞美ちゃんが私の横に腰を下ろした。 「心配かけてごめんね、お姉ちゃん。」 「何言ってんの。舞は戻ってきてくれたじゃないか。がんばったね、本当に。舞はキュートの・・・・私の誇りだよ。」 私の頭を力強い手がクシャッと撫でる。 舞美ちゃんは、いつも私を見守ってくれた。 私が千聖を傷つけてしまった時も、 独りよがりな思いでみんなとぶつかった時も、 舞美ちゃんは私を見捨てないでくれた。 「お姉ちゃん。」 「まだ、そう呼んでくれるの?私、舞にも千聖にも何もしてあげられなかったのに。」 「そんなこと言わないでよ、お姉ちゃん。私たちが仲直りできたのは、舞美ちゃんたちのおかげなんだからね。」 「あーっ舞舞美がイチャイチャしてる!」 ちぃにからかわれて、私たちはパッと体を離した。 「まあまあ、私たちのことは気にしないで!さあ、ちさまいは次行ってきな!」 照れた全力リーダーが、桃ちゃんとちぃから千聖をもぎとって、私の方へぶん投げた。 「ちょっとー!まだしゃべってたのにぃ!」 桃ちゃんたちのぶーたれる声を背に、私たちは次の目的地に向かった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「あーっ千聖!」 舞美ちゃんの大声と何かが落ちた鈍い音に驚いて振り返ると、千聖が階段の一番下で倒れていた。 どうやらくすぐり合いっこをしていたら、バランスを崩した千聖が足を滑らせてしまったらしい。 雑誌の撮影が終わり、階段を降りていく途中の出来事だった。 「もー何やってんの」 まだ舞美ちゃんに笑顔の余韻が残っていたから、私はそのまままた前を向いて愛理とのおしゃべりを続行することにした。 でも「やだ、ちょっと・・・千聖動かないよ。」 「どうしよう、私・・・」 千聖と一緒に階段の途中でふざけていた舞美ちゃんが、みるみるうちに青ざめていく。 舞美ちゃんに抱きかかえられている千聖はピクリとも動かない。 「違うよ、マイが最後に千聖をちょっと押しちゃったんだよ。舞美ちゃんのせいじゃないよ。」 舞ちゃんの目に涙が溜まっていくのを見ていたら、つられて私も泣き出しそうになった。 栞菜も愛理もすごく動揺しているのがわかる。 えりかちゃん・・・はずいぶん前を歩いていたから「どうしたのー」なんてケーキをモシャモシャ食べながらのんびりこっちに向かってきた。 こんなことになるなんて・・・。 「とにかくさ、誰が悪いとかどうでもいいからマネージャー呼んでこよう?」 一番最初に冷静さを取り戻した愛理がそういうと。玄関の方に向かって走り出した。 そのとき「う~ん・・・」 千聖が短く声を漏らして、ゆっくりとまぶたを開けた。 「千聖!」「大丈夫?」「どっか痛いとこない?」 みんなが走りよって、千聖にいっせいに話しかける・ 「よかったぁ私千聖に何かあったらどうしようって・・・」 「なっきぃ泣きすぎだよ」 涙でほっぺたをぬらしている栞菜に突っ込まれたけど、私の涙は止まってくれなかった。 そんな私たちの顔を、順番にゆっくりと見つめながら、千聖は体を起こした。 「皆様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。わたくしはもう大丈夫ですので、早くお家に帰りましょう。」 「千・・・聖?」 「それでは参りましょう、皆様。」 えりかちゃんの手から、食べかけのケーキが落ちた。 TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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遠ざかるちっさーの背中を見送るなっきぃは、また落ち込んだ表情に戻ってしまった。 「何かごめんね。茉麻ちゃんも、友理奈ちゃんも。」 「あ、ううん全然。」 沈黙が訪れた。 なっきぃが涙目になってしまっていることに気がついて、私も熊井ちゃんも声をかけようがなくなってしまったのだった。 「私、千聖のために何にもできない。悔しい。」 なっきぃはキュートのまとめ役みたいなところがあるから、すごく責任を感じてしまっているみたいだ。 「なっきぃ、・・・千聖のこと、どうしてもうちらには話せないかな?」 思い切ってそう切り出してみると、なっきぃは明らかに動揺した表情で、瞳を揺らした。 「千聖のことも心配だけど、何だかまぁはなっきぃのことも心配だよ。 話して楽になるなら、そうしたほうがいいと思う。 ベリーズじゃ、力になれない?」 「そうだよ、なかさきちゃんが元気なくなるとつまんないよ。」 私たちはグループこそ違うけれど、同じキッズ出身の仲間で。 その大切な仲間達が何か抱え込んでいるなら、一緒に悩んで解決したいと思うのは自然なことだった。 しばらく考え込んだ後、なっきぃは険しい表情のまま、私と熊井ちゃんの顔を見比べた。 「ありがとう。・・・・・・・・・みぃたんに相談してみる。一緒に来てくれる?」 「みぃたん。」 みんながいる部屋に着くと、なっきぃはちぃと喋っていた舞美ちゃんを端っこに連れ出して、ぼそぼそと話しを始めた。 ところどころで舞美ちゃんが「えぇっ!何で」とか「でも・・・待って」とか結構な大きさの声で叫ぶから、だんだんとみんなの視線は2人の方へと集まっていった。 「茉麻、なっきぃと舞美ちゃん誰の話してるかわかる?」 私がなっきぃと一緒に帰ってきたからだろう、舞ちゃんがとても強張った顔をして、おそるおそる話しかけてきた。 誰の、と言っている時点で大方話の予想はついているのかな。 それでも私は千聖のために、今は知らないふりをしておくことにした。 「わかんない。ちょっと深刻そうな顔してるね。」 「ねぇ~まぁ。千聖どこにいったか知らない?」 今度は梨沙子と愛理だ。 「戻ってこないの。ケータイはおきっぱなしだし、ももと一緒にいるのかな?もものも電源入ってないんだ。」 あんまり不安そうな顔をするから、私はそれで、梨沙子がすでに千聖の件について何か知ってるということを悟ってしまった。 「千聖はもものところだよー。大丈夫だよ梨沙子。」 熊井ちゃんがそう答えると、梨沙子はほっとした顔になった。 「そっか、ももならいいんだよね、愛理?もう知ってるし」 「ちょっと梨沙子!シーッ」 「あばばばば」 普段はおっとりマイペースなくせに、熊井ちゃんはこういうのは聞き逃さない。 「なーに?ももと梨沙子は千聖のあの変な喋り方のこと知ってるの?」 「えっ・・・!」 「熊井ちゃん待って、その話は」 あわてて止めたけど、少し遅かったみたいだ。 依然話し合いを続けるなっきぃと舞美ちゃん以外の、キュートメンバー全員の視線がこっちに向けられた。 何も言わない。 どう切り出したらいいのかわからないんだろう、みんな黙って私と熊井ちゃんを見ている。 「・・・・・ねー!!!もう!!!なんなの今日!!!みんな内緒ばっかり!」 その時、空気が不穏になってきていた楽屋に、思いっきりテーブルを叩く音が響き渡った。 今日の不機嫌MVP、千奈美の爆弾が落ちた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「階段から落ちたちょっと前に、舞とケンカしたのは覚えてる?」 「喧嘩・・・ごめんなさい、わからないわ。」 千聖は右のこめかみを抑えた。ケガの前後の記憶があいまいになっているらしく、それを無理に思い出そうとすると、こめかみが痛むと前に愛理に話しているのを聞いたことがあった。 「ふーん。覚えてなければいいよ。謝らないで。・・・ようするにそれがなければ、こんなことにはならなかったって言いたかっただけ。 はっきり言うね。 私は、まだ前の千聖に戻ってほしいと思ってる。」 丸っこい膝の上で揃えられた両手に、グッと緊張が走った。 「おとといの夜と昨日一日、ずっと舞美ちゃんと話し合った。 舞美ちゃんは、千聖だけじゃなくてキュートの誰がどんな状況になったって、全員で受け止めていくべきだって言ってた。 舞もきっと、千聖のことじゃなければそう思えた。キュートは第2の家族だからね。 何があってもみんなで乗り越えていくのが当たり前だって。 でも、千聖だけは別だよ。受け止めきれない。舞にとっては特別すぎる。もう二度と前の千聖に会えないなんて、それじゃまるで千聖が死・・・」 言葉が喉の奥に詰まった。私は今恐ろしいことを言おうとした。 「舞さん大丈夫よ、最後まで聞かせて。」 千聖の指が、私の肩に触れた。 顔を覗き込む茶色い瞳は少し濡れて潤んでいたけれど、それでもしっかりと私を捉えていた。 「うん、でもごめん。最後言いかけたのは聞かなかったことにして。 だからね舞はこの先も、前の千聖に戻ってくれるのを待ちたい。 もう当り散らしたり無視したりしないから。あれはありえなかった。本当にごめん。 元に戻れるように協力するから。だからずっとキュートにいて。お願い。 千聖。」 あの日の事件から初めて、私はお嬢様の千聖に「千聖」と名前で呼びかけた。 「舞さんっ」 「あーもー泣くなよ!瞼腫れたらよけいひどい顔になるんだからね!」 照れ隠しにタオルで千聖の顔をごしごしやると、痛いわといいながらも笑顔に戻ってくれた。 「それで、何でこの話するのに急いでたかっていうと、昨日雅ちゃんからメール来てね。ベリーズ今日、ここに来るんだって。」 「まぁ。」 今日はキュートの新曲の衣装合わせでスタジオに集まったのだけれど、どうやらベリーズもコメ撮りかなんかがあるらしい。℃-uteのみんなと会えるね★ワラ なんていうのんきなメールを見たときはちょっと冷や汗がでた。 まだベリーズは千聖のお嬢様化のこと知らないんでしょ?一応、舞美ちゃんがみんなに緘口令っていうの?出してたし。 別に、ベリーズの皆のことを信用してないわけじゃないんだけど、まだこのことはキュートの中の秘密にしておきたいって。そういってたから。」 「わかったわ。それで、私はどうしたら・・・」 「これ、読んで。」 私はずっと手に持っていた、小さなブルーのノートを手渡した。 「・・・・岡井千聖マニュアル?」 「これね、昨日舞美ちゃんと舞が作ったの。千聖、今一応仕事中も前のキャラに近い感じで頑張ってるでしょ? でも新曲出るしイベントも始まるし、そろそろ自己流じゃボロが出てくるかもしれないから、舞たちが思いつく限りの前の千聖のことを書き出してみたの。 ほら、ここのページに、千聖がベリーズのメンバーそれぞれをどう呼んでたか書いたから。参考にして。」 正直、結構自信作だ。イラスト入り(私の絵は・・・)でかわいいし、後ろのページにははりきりすぎた舞美ちゃんの作成した謎のグラフやらデータ解析まで載っている。 「千聖はがに股。笑い声はク゛フク゛フ、爆笑はキ゛ャヒヒヒヒ。食べ物を30秒に一回落っことす。お調子者。学校でサルって呼ばれる。・・・・舞さん、私心がくじけそうだわ。」 「しっかりして!まあ、今日は体調悪いってことであんまり喋らなければいいよ。そこらへんはキュートでフォローするから。とりあえず、名前の呼び方と言葉遣いだけ気をつけて。時間ギリギリまで練習しよう。」 その時の私は、ちゃんと今の千聖と向き合えた高揚感と興奮で、私達の会話をずっと聞いていた人物がいることに気がつかなかった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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ほんの小さな違和感でも、それが積もり積もれば大きなものになる。 「うーん。」 私は梨沙子たちと楽しげにおしゃべりしている千聖を見て、首をひねっていた。 何が変というわけでもないけれど、どことなく普段の千聖と違う気がする。 いつもよりちょっとオーバーアクションだったり、全体的に演技っぽさを感じる。 しばらく会ってなかったから、千聖のテンションについていけてないだけかもしれないし 中学生なんて日々変わっていく時期だから、特別気にすることじゃないのかもしれないんだけれど。 例えば、髪をはらうような仕草とか。 例えば、お菓子をほおばる仕草とか。 そんなどうでもいいような所作が、前よりも優雅になっているような気がした。 お年頃だし、好きな男の子でもできておしとやかにふるまってるだけかもしれない。 多分、単なる気にしすぎなんだと思う。 そうでなくても、何だか今日はおかしな日だ。 いつものももと千奈美の小学生レベルの争いがなかなか収まらなかったり、梨沙子がいきなりおなかを痛めたり、かと思ったら満面の笑顔で医務室から戻ってきたり。 「なんだろうなー」 私は普段あんまり細かいことは気にしない性格だから、その分たまにこうやって気にかかることがあると、ずっとそればかりを考えてしまう。 せっかくこうしてキュートと交流する場が設けられているというのに、私は誰ともおしゃべりしないで、その辺においてあったポテチを食べながら何となくみんなを眺めていた。 「えー、でもそれは千聖がぁ」 「あっごめん!この話ちっさーは関係なかった!アッハッハ」 「そうだ、あの時千聖が言ってたって・・・」 「え!まあまあそれよりさーキュフフ」 こうして黙っていると、みんなの会話がよく聞こえる。 あちらこちらに散らばってるキュートのメンバーは、会話に千聖の名前が出てくると、すごい勢いで話を変えている。 千聖イジメ?と一瞬思ったけれど、キュートに限ってそれはないな。 どっちかというと、私たちから何か隠すことで千聖を守ろうとしているような雰囲気。 気になるなら直接千聖と話せばいいんだけど、今日は中2トリオがやけにべったりしていて邪魔しちゃいけない感じだ。 私だって千聖とはかなり仲のいい部類に入るはずなのに、今日はまだ「おはよー」ぐらいしか話していない。 もうちょっとしたら、ちょっと強引にでも中2トリオにお邪魔させていただこうかな。 こんな風に遠慮するのは私らしくない。 いつもみたいに堂々と入っていったらいいんだ。 それにしてもこの変な雰囲気、千聖と仲良しなももはどう思ってるんだろう。 「あれ?いない」 舞美ちゃんあたりとおしゃべりしてるのかと思ってたけれど、どうやらまだこっちに着てないみたいだ。 今日変だったからな・・・一人になりたいのかな。 ももは全部自己完結しちゃうから、いまだに本心がよくわからない。 もっともっと頼ってくれればいいのに。本当は千奈美だってそれが寂しくて突っかかってるのに。 おせっかいかもしれないけれど、どこかに一人ぼっちでいるより、みんなの輪の中にいたほうがいいと思う。 そうすればいつでもももの必要なときに手を差し伸べることができるし、みんなももが思ってるほど冷たいわけじゃないのにな。 盛り上がってるところに水を差すのも悪い。私は黙ってももを探しにいくことにした。 「茉麻?どっかいくの?」 「ちょっとトイレー。」 適当にごまかして席をはずそうとしたら、熊井ちゃんが「私も行くー」とのんびりした口調でついてきた。 「いいの?」 「うん。」 主語も何もないけれど、私たちは大体これで通じる。 「でも、トイレは行かないよ。」 「じゃあ、もも?それとも千聖?」 熊井ちゃんはエスパーか。 まったくかみ合ってない答えを返してきたようで、私の心を占めているものをいきなり2つとも当ててしまった。 「茉麻は優しいね。ちゃんと周りが見えてるし。私しばらく気づかなかったよ、ももいなかったの。ははは」 全然悪びれない言い方に、思わずつられて笑ってしまった。 「じゃあ熊井ちゃん、さっき千聖って言ってたのは何のこと?」 「あー。何だろう。何か別の星の人になっちゃった。千聖は私と同じかと思ってたのに。」 んん? 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 【愛理さん舞美さん】岡井ちゃんが遠くに行ってしまった件(ソースあり)【ごきげんようってなんだよ】(329) ちっさーのキャラ替えを断固阻止したい人の数→(773) 「ああぁ~・・・」 パソコンの前で、私は頭を抱えた。これはおそらく昨日のキューティーパーティーのことだろう。(とは言っても何が書いてあるのか怖いので、私はいつもマイミスライムしか見てない) 冒頭でいきなり「ごきげんよう」をかまされた時は本当にあせった。 愛理が即「はい、千聖お嬢様。」と返したから、その場は何とか切り抜けることができた。 千聖も空気を読んで、お嬢様語を封じて明るい雰囲気を出してくれたのだが、いつも聞いてくれるファンの人達にはやっぱり違和感を覚えさせてしまったみたいだ。 「もー本当・・・私のせいだ。ダメだ。本当私最悪だ。」 あの時、私が千聖にちょっかいを出さなければ。体勢を崩した千聖を支えてあげていれば。こんな事態にはならなかったはずだ。 私もえりと同じで、最初は千聖の悪ふざけを疑った。 服装まで変えて、ウケるねーなんてのんびり話していたけれど、千聖はいつまでたっても元の千聖に戻らなかった。 可愛らしいスカートを履く。食事のときにレースのハンカチを膝に敷く。 そんなことが積もり積もって、私はようやくこれはあの時の後遺症なんだと気づいた。 それに、千聖はお調子者でいたずらっ子だけれど、みんなを困らせてまでそれを続けるような子じゃない。 動揺するみんなを見て泣きそうな顔をする千聖を見ていたら、間違いないと確信できた。 同時に、千聖から取り返しの付かない何かを奪ってしまったという絶望感と罪悪感で胸が押しつぶされそうになってしまった。 千聖の顔を見ると、涙が出そうになる。そして目をそらす。千聖が悲しそうに私を見つめる。そんな悪循環がずっと続いた。 みんなが徐々に新しい千聖を受け入れるようになっても、私はほとんど会話をすることができなかった。 リーダーなのに、こんなんじゃ駄目だと思ってはみても、じゃあどうしたらいいのかがわからない。 えりは千聖のキャラがつぼにハマって盛大にふいた後、「あれは演技じゃないからもう私は認める」と言い、徐々に順応してきているみたいだ。 でも私は自分に責任がある以上、そんなに簡単に新しい千聖を受け入れるわけにはいかないのだった。 「おはよーございまーす・・・」 今日も又、イマイチ元気が出ないままレッスンスタジオに向かう。 「舞美ちゃん、大丈夫?ずーっと元気ないね。飴でも舐める?」 「ん、大丈夫。体調でも悪いのかな?あはは・・・」 学校帰りなのだろう、まだ制服を着たままの早貴が気を使って話しかけてくれた。 私は何をやってるんだろう。リーダーなのにみんなを心配させて、リーダーなのに困っているメンバーを助けてあげることもできない。 あ、ヤバイ。ちょっと泣きそう。最近は柄にもなく感傷的になりがちだ。 「ごめん、早貴ちゃん。ちょっと私・・・」 「うん?」 「私・・・」 「・・・うん・・・」 「走ってくる!」 「ええ!?ちょっと!」 「みんなによろしく!」 そう言い残して、私は屋外のちょっとしたグラウンドみたいな場所に向かった。 クサクサしてるときは、やっぱり体を動かすのが一番だ。隅のほうでストレッチをしていると 「舞美さん。」 いきなり後ろから声をかけられた。 「あ!千聖!!おはよー!!!今日まだ会ってなかったね!!!ところで何してるの!?」 うわあ我ながらひどい空元気。千聖も目をパチクリさせている。 「ええ、ごきげんよう。少し早く着いてしまったものですから、体を動かそうと思って。」 千聖は濃い目のピンク地に小さな黄色いドットが入った可愛らしいジャージを着ていた。 こういうレッスン着ひとつにも変化を感じられて、また少し気持ちが重くなってしまった。 「もし嫌でなければ、一緒に何かしませんか?」 「え?あ、うん」 「じゃあ、ひとまず一周走りましょうか。よーい、ドン!」 いきなり掛け声をかけて、千聖が走り出した。 「ちょっとちょっと!千聖!」 慌てて追いかけるけれど、千聖はさすがにお嬢様になっても足が速い。なかなか距離が縮まらず、私の闘争本能に火がついた。 「あは、あははははははは」 笑いながら加速する私に少し驚きながらも、千聖はいたずらっ子のようにニヤッとしてさらにスピードを上げた。 戻らない私たちを心配したのか、いつのまにかみんなが集まってきていた。 楽しげな私たちをあっけに取られたように見ている。 やっぱりこの子は千聖でいいんだ、と私は思った。 こんな風に無心で走ることの楽しさを共有できるのは、千聖しかいない。 キュートのリーダーとしてはまだ、これからどうしていけばいいのかはわからないけど、 私は今の千聖の中に元の千聖を見つけられることができて、少し心が軽くなった。 次へ TOP
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そこは真っ暗だったけれど、とても暖かくて、甘いお菓子みたいな匂いがただよっていた。 私は一人ぼっちでうずくまっていた。不思議と寂しくはない。 柔らかい綿みたいなものに包まれながら、ウトウト目を閉じたり開いたりしてまどろんでいた。 どこだろう、ここ。 長い時間ここにいたような気もするし、さっき来たばっかりのような気もする。時間の感覚がよくわからない。 たしか私、舞ちゃんと喧嘩してたんじゃなかったっけ?その後舞美ちゃんとふざけっこしてて・・・・ 「・・・眠い・・・・」 いろいろ考えようとしても、頭がボーッとしてうまくいかない。 体に力が入らない。 私、もしかして死んじゃうの? 嫌だ、まだやりたいこといっぱいあるのに。 キュートでいっぱい活動して、学校の友達といっぱい遊んで、パパやママや妹弟たちとももっとたくさんの時間を過ごしたいのに。 フラフラする体を無理矢理起こすと、なんと私の目の前に私がいた。 「うわっ。」 完全に真っ暗な空間だったのに、私の姿だけはなぜか見えた。 「ねえ、あのさ、千聖だよね?ていうか私も千聖なんだけど」 とりあえず話しかけてみるけれど、私はにっこり笑ってるだけで、何にも言わない。 よく見てみると、今私が見ている私は、私自身とは少し違うような気がした。 私、こんな大人っぽい顔してたかな?服も、私じゃ絶対選ばないようなお嬢様っぽいスカートなんて履いてるし。 「ねえ、」 もう一度話しかけようとしたら、目の前の私はいきなり手を伸ばして私を抱きしめてきた。 私はどうしていいのかわからなくて、とりあえず私を抱き返してみた。 その瞬間、2人の体が、ピッタリと一つにつながったような気がした。 「あぁ・・・・」 唇から大きなため息があふれ出た。 頭の中に、たくさんの映像が流れ込んでくる。 私の手を抱いて、みんなの輪の中に引き入れてくれる愛理。 私と一緒に、笑いながらグラウンドを走る舞美ちゃん。 私の名前を叫びながら、傘もささずに夜の街を駆けるなっきぃ。 目に涙をいっぱいためながら、どこにも行かないでと私を引き止める栞ちゃん。 暗い部屋の中で、黄色いリボンで指をつないだまま、私と寄り添っている舞ちゃん。 どんなシーンでも、優しい顔で私を後ろから見守ってくれているえりかちゃん。 桃ちゃん、りーちゃん、ベリーズのみんな、パパ、ママ、妹に弟。みんなが私に向かって笑いかけている。 長い長い映画を観ているような感覚だった。 なぜだかわからないけれど、すごく胸が痛くて、私はボロボロと涙をこぼしていた。 みんなに会いたくてしかたがなかった。早くここを飛び出したくてたまらない。 「みんなのとこ、戻らなきゃ。」 私がそういうと、もう一人の私は、肩越しにしっかりとうなずいた。 暗闇の中でぼんやりと光っていた目の前の私の体が、だんだんとさらに強い光を放っていく。 「まぶしっ・・・・」 目を開けていられない。 私は光の洪水の中で、しばらくの間きつく目を閉じていた。 たくさんの人の気配で目が覚めた。 ちょっと黄ばんだ天井。薬くさい空間。 レッスンで使うスタジオの、医務室のベッドに私は寝ていた。 右手が熱を持ったようにジンジン痛い。強い力で握り締められているみたいだった。 「茉麻ちゃん・・・?」 舌が引きつれてうまく喋れなかったけれど、私の声を聞いた茉麻ちゃんは、うつむいていた顔をガバッと上げた。 大きな丸い目が、裂けちゃいそうなぐらい大きく見開かれている。 「手、痛いよ茉麻ちゃん・・・・」 「千聖・・・・!」 茉麻ちゃんの顔が歪んで、私のほっぺたに涙が落ちた。 「千聖、千聖!ごめんね、私のせいで」 茉麻ちゃんは放っておいたら土下座でもしそうな勢いだった。何が何だかよくわからなかったけど、私はあわてて「私、大丈夫だよ。」と背中をさすった。 「・・・ちっさー」 今度は後ろから名前を呼ばれた。 振り返ると、至近距離に舞美ちゃんの顔。まるでお化けでも見るような顔で、私を見つめている。 よく見たら、狭い部屋の中にたくさんの人が集まっていた。 キュートのみんなだけじゃなくて、ベリーズも。マネージャーさんやスタッフさんも端っこの方にいた。 「えっ、これ何っ・・・私、どうしたの?何かあった?」 「千聖・・・喋り方」 「え?何か変?ごめんわかんないけど」 「元に戻ったんだ・・・・・」 めったに泣かない愛理が表情を崩したのを合図にしたように、キュートもベリーズも、皆が泣き出してしまった。あのももちゃんまで。 「え・・・ええっ・・・・!ちょ、ちょっと、やだなあ。舞美ちゃん?えりかちゃん?アハハ、やめてよぅ」 ドッキリでもしかけられてるのかと思って笑いかけるけれど、誰も「なんちゃって!冗談冗談ー♪」と言ってくれない。 りーちゃんや栞ちゃんなんて、吐いちゃうんじゃないかってぐらいヒーヒー言いながら泣いている。 「っ痛・・・・!」 何気なくおでこに手をやると、包帯が巻かれていた。右のほっぺたも湿布で覆われている。 なんだろう、この感じ。前にもこういうことがあったような気がする。 「あ、あのごめん、私なんで怪我してるの?」 キュートのみんなはもうまともに喋れるような感じじゃなかったから、どうにか話を聞いてもらえそうなキャプテンと雅ちゃんに声をかけてみた。 「・・・覚えてないの?千聖今、階段から滑って落ちちゃったんだよ。」 「それで、キャラが変わ・・・違う、元に戻って・・・・・でも良かった、本当に」 2人はそこで声を詰まらせて、また泣いてしまった。 「キャラって・・・」 いったい何のことを言ってるのかわからない。 階段から落っこちたっていうのは、多分舞美ちゃんとくすぐり合いっこしてたからだと思うけど。 でもそれなら何でベリーズの皆がいるんだろう?ていうか、そもそも何でみんなこんなに泣いてるんだろう。 「ねえ、みんなそんなに泣かないでよー・・・」 私は何だか悲しくなってきて、つられて泣き出してしまいそうになった。 「・・・・・・・・・・・・・千聖。」 その時、泣き続けるみんなをうまく避けながら、舞ちゃんが私のところに近づいてきた。 「あっ舞ちゃん。ねーこれっ何で・・・・」 質問しようとした私の唇を、舞ちゃんの手が覆った。 ひんやり冷たい手が、ほっぺたを辿って鼻、まつげ、髪の毛に触れた。 どうしてだろう。 こうやって舞ちゃんが私の顔に触れるのは、初めてじゃない気がする。 “くすぐったいわ、舞さん” 頭の中に、そんな不思議な声が聞こえた。 「ちさと・・・・ちさと・・・・」 舞ちゃんは私の名前を何度も呼んで、細い腕で私を抱きしめた。 「舞ちゃぁん・・・」 壊れやすいガラス細工を扱うように、とても優しく包まれて、私もついに泣き出してしまった。 どうしてなのかわからないけれど、胸が締め付けられるようにズキズキ痛んだ。 思いっきり泣いてみんな落ち着いた頃、舞美ちゃんからいろいろ教えてもらった。 それによると、私は3週間ぐらい前にも階段から落ちて、頭を打ったらしい。 「舞美ちゃんとふざけてて、落ちた?」 「それは3週間前。・・・ちっさー、今日何日だかわかる?」 私が答えると、みんなが落胆のため息をついた。どうやら3週間分の記憶がすっぽり抜けているらしい。 「本当に覚えてないの?」 「うーん・・・」 何かが引っかかっているけれど、思い出すことができない。 「ちっさー、お嬢様になってたんだよ。」 ――お嬢様。 その単語を耳にした途端、私の心臓がドクンと波打った。 すっかり忘れかけていた、さっきの夢のことを急に思い出した。 もう一人の私が見せてくれたあの光景が、頭をいっぱいに満たしていく。 「千聖?大丈夫?」 思わずこめかみを押さえてキツく目をつむる。 「思い・・・・出した、かも」 「ええっ!」 「まだ全然、ざっとだけど。自分がお嬢様キャラとか全然わかんないし。」 それでもみんなにとっては嬉しい報告だったらしく、安心したようなおだやかに笑ってくれた。 「お帰り、千聖。」 困ったようないつもの笑顔で、愛理が手を差し出した。 「ただいま。」 握った愛理の手は、何だかいつもより暖かくて頼もしかった。 その後。 キュートのみんなは元に戻った(らしい)私をすぐに受け入れてくれて、いつも通りのキュートになった。 舞ちゃんは最初すごく優しくしてくれたけど、今はもうすっかりもとどおりになった。私とつまんない喧嘩をしながら毎日キャーキャー騒いでる。 パパやママなんて、3週間の間いい子だった私と今の私を比べて、「また部屋汚くして!勉強は?お嬢様千聖を見習いなさい!」なんて言ってくる。 明日菜は「キモかった」「変だった」を連発した後、「おかえりなさい。」と呟いた。可愛い奴め。 結局私は、全ての記憶を取り戻すことはできなかった。 あの時夢で見たみたいに、ダイジェストみたいな形で、大まかな出来事は思い出せる。でも細かいことや、自分がお嬢様言葉で喋っていたり、可愛い服装をしていたことなんかは実感がない。 そういわれればそう・・・なのかな?という程度。 「ちっさー、本当に可愛かったんだよ。」なんて時々栞ちゃんが私をからかう。みんなは真顔でうなずいたりする。 「やめてよ恥ずかしいよ」 照れ隠しに変顔やったりしてごまかすけれど、お嬢様の話をされると、なぜかいつも胸の奥が甘くざわめく。 「まだここに、お嬢様の千聖はいるのかな。いたら面白いなあ。おーい。ごきげんよう。」 独り言をつぶやいて、胸をノックしてみても、当然何の反応も返ってこない。 それはみんなが知ってて、私だけが知らない、ひと夏の不思議な出来事だった。 戻る TOP コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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これは一体どういうことだろう。 階段落下事件から3日後、ダンスレッスンに現れた千聖は何と日傘を差していた。 「ごきげんよう、愛理さん。」 「あ、はい、ごき、げんよう。」 えりかちゃんが視界の隅でマックシェイクを噴射した。 「私、もっとお肌のお手入れに気を使おうと思いまして。良いお化粧品に心当たりがあったら教えてくださいね。」 「あ、はい、よろ、こんで。」 千聖はにっこり笑うと、着替えのためにロッカー室に入っていった。 緊張の糸が解け、私は床に座り込んだ。 「愛理、大丈夫?」 「うん・・・えりかちゃんも口の周り拭いてね。」 正直、今までのやんちゃで明るい千聖のことは、同い年なのにちょっと子供っぽいと思っていた。 一緒にふざけたりすることはあっても、真面目に語り合ったりできるのかな?とそういう場面では千聖を遠ざけていたかもしれない。 でも今日の千聖ときたら、見慣れたショートパンツでもTシャツでもない。 淡いピンクのシフォンブラウスに細かいフリルのついたスカートという、ファッションまで変わっていた。 本当に、変わってしまったんだなぁ。思わずため息を漏らす。 「やっぱショックだよね。もうまるで別人じゃない?千聖。」 「う、うん。」 心底悲しそうに呟くメンバーを尻目に、私は少しわくわくしてきていた。 新しい千聖はどんな子なのだろう。 ファッションの話やお化粧の話にも乗ってきてくれるのだろうか。 もっといろんな話ができるようになるだろうか。 元に戻らなかったからっていつまでも嘆いていたくはない。 私は今の千聖を受け入れることに決めた。 男の子っぽくてもお嬢様になっちゃっても、私は結局千聖が好きだから。 「お待たせいたしました。」 「千聖、こっちでいっしょにストレッチいたしましょう?」 私は丁寧にお辞儀をしてレッスン室に戻ってきた千聖の手を取って、あっけにとられる皆の前を通り過ぎた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「ちょっと待ちなさい!舞!」 ママの怒った声を遮るように部屋のドアを閉めて、私はベッドに潜り込んで泣いた。 こんな情けない涙は誰にも見せたくない。 夕食を食べている時、急にママから 「最近千聖ちゃんの話しないのね。喧嘩でもした?」 と聞かれて、一番聞きたくないその名前を出された私はムカッとしてこんなことを言ってしまった。 「知らない!千聖はもういないの。消えたんだよ。」 「舞、何てこというの。友達だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ」 事情を知らないママは、私が千聖と喧嘩をしてひどい言葉を言ったのだと思ったみたいだ。 「だって本当にいないんだよ!」 「いないって?キュートを辞めたってこと?」 「…違うよ。もういいでしょ。ママには舞の気持ちなんかわからないよ!」 もう誰とも口をききたくない。千聖と私のことについて誰からも触れられたくなかった。 あの事故の数時間前、私と千聖は小さなことで喧嘩になった。 多分悪いのは私。 背が伸びないことを気にしている千聖に背比べをしかけた。 千聖が悔しそうに苦笑するのが嬉しくて、何度もしつこく 「千聖が一番小さいね!」 とか言っていたら、千聖はうつむいて 「もういいでしょ。」 と泣きそうな声でつぶやいた。 しまったと思った私はすぐに話題を変えてみたけれど、千聖は黙って早貴ちゃんの方に行ってしまった。 撮影中も目を合わせてくれない。 二人きりのショットでも私を見ようともしない。 何だよ身長ぐらい、と正直思ったけれど、千聖にとってはかなり地雷だったのかもしれない。 何とか仲直りのきっかけを見つけようとしていたら、階段を降りて行く途中で前を歩く舞美ちゃんと千聖がくすぐり合ってはしゃぎ始めた。 この輪に混ざれば自然に元に戻れるかもしれない。 舞美ちゃんは笑っていたけど千聖はその場を離れようとした。 「待っ…」 千聖の肩を掴む。びっくりした顔で振り向いた千聖は、そのまま足を滑らせて… 「私のせいだ。」 もう何百回呟いただろう。 誰も私を責めなかったけれど、私のしたことで千聖は千聖じゃなくなってしまった。 「どうしたら言いのかな」 みんなが新しい千聖を少しずつ受け入れ始めている。 私と二人でそれを眺めていたはずの舞美ちゃんも、この頃はあの千聖と笑い合うようになっている。 でもあんな子は千聖じゃない。私が謝りたい千聖はもういなくなってしまった。 私はどうしようもなく辛くて、だんだんとこの苦しみはあの新しい千聖のせいだと考えるようになっていた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -